夫婦関係よりも大事なのは、人間としての信頼関係だ。

  • 約束を守ること
  • 時間を守ること
  • プライバシーを尊重すること

こんな基本的なことの積み重ねで、人間関係は築かれている。

夫婦関係ともなると、ともすれば人間同士の基本を忘れがちなもの。しかし人同士の基本を忘れれば、たとえ僕らが気にするにせよ気にしないにせよ、関係の土台に亀裂が生じるのではないのだろうか。

信頼は貯金のようなものだ、という。プラスは積み重なるものだし、マイナスし続ければいつかは無くなってしまう。そしてほんの些細なことで崩れる時が来る。

たとえば10円の飴玉を買っただけで、自己破産に陥るような感じがするなら、それはそもそも貯金の残高がゼロに近かったり、赤字を重ねている場合なのかもしれない。「こんな些細なことで」関係が崩れかけるならば、それはきっと、土台にある信頼の貯蓄が崩れかけている時ではないだろうか。

僕らは人間関係においては、今月の水道料金を払えなくなった理由さえ、よく分かっていない。馬鹿だ。信頼の収支がどのような状態にあるのかを、見極められていない。

もちろん、これはあくまでも仮説だ。当たり前だけど、私以外私じゃないの。人間同士に起こっていることはあまりにも複雑で、必ずしも正確な理由を導き出せない。「関係性」という巨大なものの中で、何が起こっているのか。たとえば、なぜ自分があの時、あんな行動を取ったのかさえ、自分自身では分からない。適当な理由をでっちあげるか、もしくは多少の努力をして、真実らしい答えを仮定するしかない。

こんなことを書いていると、自分が聖人君子かのように結論づきそうな感じがする。だけど違う。そうではない。僕は対して誠実な人間ではなく、単にわがままな人間、わがままなままでいたい人間。品行方正な男にはなりたくない。だけど逆に、堕落しきった人生は寂しいものだろう、きっと。

時々あることだ。人間として大事なことについて書きはじめると、とたんに、自分が何が言いたいのかが分からなくなってくる。カンワキュウダイ。

僕は人間というものに対して、何らかの理想像を描きたいわけじゃない。そうではなく、なにか自分でもよく分からない問題が生じた時、本当の理由を、より真実らしい仮説を立てておきたいだけなのだ。きっと。

ということで改めて。夫婦関係の中核にあるものは、実は人間同士の信頼貯金である。以上。

 

妻は独り言が多い。夫は喋る前にフィルタする。

独り言と、僕に話しかけている時の区別が付きづらい。とりあえず思いついたことは順々に話す。49%の確率で独り言だろうという時もあるし、51%ぐらいだと思う時もある。なので毎回、脳が判断コストをかけている感じがする。

出来れば、どちらなのか分かるようにして欲しい。だが改めて考えてみる。そもそも「独り言」と「話」の区別をしようという概念さえ、実は無意味なのかもしれない。そのお互いを区別しようとしている僕が愚かなのではないだろうか。

逆に僕といえば、何か言葉を思いついた時は、それを言う前に慎重にフィルタをかけるタイプだ。フィルタをかけすぎて何も出てこないことさえある。

だけど世の中、言ってみなければ分からないこともたくさんある。最大限の予測を立てても、自分が思っていた反応が相手から返ってこない。意外な反応が返ってくる。そんなケースは実は割と多い。だから「思いついたら喋る」というスタイルは、妻に見習いたいと思っている部分だ。

妻と夫の宅急便受取問題

妻と僕とでは休日が違う。

なので「宅急便が来るから、この時間帯、家にいて欲しい」と頼まれることがあるのだが、基本的に断っている。

理由は特に変哲がない

シンプルに、休日を拘束されたくない。

いつでも出かけられる態勢にありたい。

それがたとえ確実に家にいる時間帯でも、心理的拘束がすごい

たとえば同じ1時間でも、自ら家にとどまる1時間と、家に縛り付けられた1時間はまるで違う。娑婆と監獄の違いと同じだ。

家にいながら「待ち」の態勢でいるのが辛い。

たとえ玄関まで3秒で行けるとしても、たとえばちょうど無印良品のハイバックリクライニングソファでくつろいでいる時間だったら、玄関まで行くのさえ辛い。

人には「ちょっとしたこと」に思えるかもしれないが、僕にとっては「拘束されるか、されないか」というのは切実な問題だ。

話し合いの結果

「宅急便を受け取ってほしい」というお願いは、お互いにしないということに決めた。

 

今日は妻にMacBookAirを貸す日。式のムービー作成のために。

僕がいつも行くスターバックスの二階で待ち合わせて、受け渡しをする。

 

なのでこのMacBookAirとも、今日はあと数分でお別れた。

Macには一時的にゲストアカウントを作ってある。

アイコン画像を妻が好きな「ポムポムプリン」にしておいたら、超小さなサプライズになるだろうか?

と昨夜考えていたのを思い出した。

間に合うか?

あと数分でセッティング。

結果

  • ネットからポムポムプリンの画像をダウンロード
  • 「右クリック」「共有」「写真に追加」。
  • だがしかし、アカウント設定ページに反映されない。再読込するも。
  • 結局、妻本人の写真をアイコンに選ぶ。
  • Macの裏技。カメラロールで画像を右回転させて、次に向きを戻す。
  • 最後にもう一度だけトライ。なんとか成功。

前も思ったけれど、Macのユーザー画像設定って、なぜこんなに使いにくいんだろう。

反応

かなり喜んでくれた。

式を一ヶ月後に控えて、二ヶ月待ちの人気カメラマンから連絡が途絶えた。

式のカメラマンは、式場専属の人ではなく、人づてに紹介してもらった外部カメラマンにお願いする予定だった。

だが妻によると、どうやら1週間ほど連絡がつかないらしい。

「二ヶ月待ちの人気カメラマン」だと聞いていたけれど、もしかしたら、連絡が不精すぎて結果的に二ヶ月待ちになっているだけ系のカメラマンなのかもしれない。

あと一ヶ月以内に新しいカメラマンを調達する必要がある。

「連絡がマメすぎて行列のできないカメラマン」

なんていう人を捕まえてきたら良いと思う。

 

キャンドル問題 解決編

家でキャンドルナイト。でも火の元の管理に気をつけよう。 の続き。

2018-06-12 7.44.20

話したこと

  • 注意することが出来ない理由は何だろう。
  • 安全か危険かの選択肢が出てきた時に、つい「ギリギリ」を狙ってしまう。
  • 危険の管理が出来ないなら、危険を任せるわけにはいかない。
  • いまは「自分で気をつける」ということは出来ない段階みたいだ。
  • ケースバイケースで対応していくのには限界がある。
  • キャンドルを使う時は、具体的に、ごく限定した使い方をするようにする。

決まったこと

  • キャンドルは1回に1個だけ、机の上で使う。何個もいちどには使わない。
  • 必ず瓶入りのキャンドルを使う。
  • 燃えるものを近くに置かない。
  • 寝る前には必ず火を消す。

 

役割分担の出来ている夫婦。

  • 掃除機をかける
  • 洗濯物をたたむ
  • たまに料理を作る

  • ゴミを出す
  • 部屋の物を片付ける
  • 「チョコレート効果」を買ってくる

夫婦は適材適所

示し合わせたわけじゃないけれど、わりと自然に役割分担は出来てるんじゃないかと思う。

妻はゴミを出すのが苦手だし、夫は洗い物をするのが死ぬほど嫌いだ。

二人がすべての種類の家事を均等にやらなきゃいけないわけでもない。

妻が作ってくれる料理に、幸福感を感じる。

自分は日頃から、わりと計画的にカロリー制限、食事の管理をしているので、実は夕飯は要らない。

むしろ想定外の夕飯が出てきたり、毎日料理が出てきたりすると、カロリー管理ができなくなって困るぐらいだ。

「夕飯を作る時はなるべく早い時間に教えてほしい。朝昼のカロリー摂取を控え目にして、体を空腹にしておくから」とお願いしてある。

だけどそれでも、たまに妻が夕飯を作ってくれると、なかなかの幸福感を感じる。

1日の終りに手料理を食べるというのは、人間の幸福のかなり高い近いレベルにあるんじゃないだろうか。

カロリーと満足度

しかも出してくれる料理が、低カロリーで満足度の高いものであれば、なおさらである。たとえばアスパラの豚肉巻きとか。

なので妻が低カロリーを出してくれた時は、テンションを30%は上げて喜ぶようにしている。

まあ、なんていう、わりと普通の夫婦の話なのだけど。

記事タイトルは「カロリー制限中の夫は、妻が料理を作ると怒る」なんて風にすれば良かっただろうか。

 

甘え方の分からない夫、甘えて欲しい妻。

何度か妻から「試しに、甘えてみて欲しい」とリクエストされたことがある。

だが僕は甘え方が分からない。

たとえば甘ったるい声を出して、ベタベタとするなんてしたくない。

こう書くとなんだか寂しい感じもするが、誰もが人に甘えたいわけではない。人には人のスタイルというものがある。

甘えるぐらいなら、腹を切って死んでやる。

そんな覚悟で生きている。

男たるもの、というやつである。

しかし、ひとつここで疑問が。

「甘える」って具体的にどうするの?

それを以前、妻に聞いたことがある。

すると、なんと「妻の頭を撫でる」だけで「甘えた」と認識されるということが分かった。

妻の頭を撫でると「やったー、甘えてくれた!」と言って喜んだ。

なんだ、こんな簡単なことで良かったのか。

ちょっと驚いた。甘えるって意外に簡単なんだなと。

 

ミニマリストな夫、マキシマリストな妻。

夫はミニマリストだ。

部屋にも物はほとんどない。

寝る場所と、あとは洋服かけぐらいしかない。

寝るのもベッドではなくヨガマットだ。

妻からの誕生日プレゼントも必要なければ捨てるレベル。

(ただ最近、無印良品のハイバックリクライニングソファを買ったけれど)

妻はマキシマリストだ。

というより普通に物持ち。

なんと部屋にハンモックがある。(!)

二人暮らしの家に引っ越してきた時に、物の量は1/4ぐらいに減らしたらしいが、それでも夫よりは物の量がかなり多い。

そのかわりと言ってはなんだが、特に小物類には詳しくて、生活の役に立つちょっとしたものを買ってきてくれる。

ここでも二人は対照的だ。